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エーコンクラブについてAbout

エーコンクラブの歴史等についてご案内します。

エーコンクラブの歴史


  


 1946年、第2次世界大戦に参戦し、終戦によって復員した東西各大学出身者のラグビーを熱愛する気のあった仲間たち20名が集い、クラブを結成しました。

 エーコン(acorn・どんぐり)は、ラグビーシーズンの秋を思わせ、また“どんぐりの背比べ”のことわざの如く謙虚な気持ちを意味します。英国で“どんぐり”は、小さな実ではあるけれども、将来樫の木のような大木に成長する偉大な可能性を秘めた実であるといわれ、クラブの発展をも願って名付けられました。
 
 クラブの発足当時、食料すら満足になく、繊維製品なども入手困難な為、揃いのジャージが作れるような状況ではありませんでした。メンバー各自が手持ちのジャージを持ち寄り、それを真っ黒に染め上げチームカラーとしたため、当時は襟までもが黒いジャージでした。
 
 現在メンバーは約300名、出身校は40校を越える大所帯となっています。
国内の各チーム(エリス・学士・YC&ACなど)との定期戦やYC&AC10人制大会・クラブ7・HongKong7’sの前に行われる10人制大会などに参加しゲームを行っています。エリスクラブとの定期戦は、1947年にエリスクラブが誕生して以来現在も引き継いで毎年実施。(1947年の第1回定期戦は日本最古のクラブ定期戦です。)1948年にYC&ACとの定期戦を開始、それぞれのクラブとの定期戦も行っています。
 
 海外遠征は1966年クラブチームとして初の香港台湾遠征を挙行し、以後イギリス・オーストラリア・ニュージーランド・シンガポールなどへ遠征を行っています。1966年以来5年ごとに香港を訪れ、香港クラブともゲームをしています。HongKong10’sは1990年より16回参加し、1993年大会ではボウルでまた2006年にはシールドで優勝、2002年度からはエーコン主催による10人制大会 ACORN10’S を毎年春に、交流のあるクラブや大学チームを招待し賑やかに開催しています。2006年には創立60周年を迎えました。2005年度より東京都社会人リーグに加盟しました(現在2部)


エーコンクラブに希望すること


(1978年)(故)石黒孝次郎 元名誉会長

 
ご承知の通り、私や楠目さんなどエーコンの古いメンバーは、既に還暦を過ぎているのだが、気持だけは私達が大学時代花園や神宮で大試合をしたり、40年も前、高等学校の頃にライバル同士で雌雄を争った頃と少しも変わっていないし、ラグビーと云うゲームを愛することにおいても、いまだに人後に落ちないつもりでいる。

 そこで、私達古い世代のOB達が胸に描いているRUGBYのあり方や、RUGBY CLUB像を少し書いてみようと思う。太平洋戦争後、吾々が三々五々戦場から帰って来て、焼け野原の東京に立った時、まず何がしたかったかと云えば、昔から親しかったラグビーの仲間達と談笑の時間を持ちたかったことであった。そして、それは学校の単位を越えたラグビーを愛する人達の集まりで、往年の激しかったゲームの思い出があればある程お互いに尊敬と愛着がわいたものであった。こんなことからラグビーを愛するものの集まりとしてACORN CLUBは誕生した。

 私は、クラブの名前を決める会合が、銀座三共の楼上で開かれたときのことを昨日のことのように思い出すことが出来る。その時私は英国のハルクウィンだの、リッチモンド、レスターなどの有名なラグビークラブのことを思い浮かべながら、まず、秋を思わせる良い名前がないかと考えた。ウォールナットクラブという名前が浮かんだが、何かもっと名前そのものに、思想を持ったものがほしかったし、集まった連中がそんな名前は舌をかんでしまうから駄目だと云う。ふと、私の高等学校時代の教師で、エーコンと云うあだ名の、どんぐり頭の愛すべき先生が居たことを思い出して、エーコンクラブはどうかと提案した。 

 “エーコン”.どんぐりのせいくらべ(謙虚な精神)、“樫の木”.大木(発展)、と云う風な連想を考えたわけで、みんなこれに賛成、エーコンクラブの名前が誕生したわけである。

 今更、クラブの名前の発生について書いたのは、私達が作りたかったラグビー・フットボールクラブのイメージを表していると思うからで、どんぐりの如く、お互いに謙虚な気持で、初心に返ったプレーを楽しむことであり、学生時代、ほんの少ししかプレーをしたことがない人も、全日本に何回も選ばれた有名選手も、ラグビー・フットボールを熱愛する気持を持った人なら、吾々のクラブのメンバーとしてあり得る充分な資格を持つものと考えた。そして、吾々の目指す所は、学生時代のラグビーとは違って、しかも、所謂、無責任なOBのラグビーではない。新しく、より次元の高い、そして愉しいプレーをすることによって、日本のラグビー界を刺激したいと思ったのである。

 30数年前に、吾々がクラブを作ってから、盛衰はあったが、クラブの精神は少しも変わっていないと思う。勿論、on the fieldでも off the fieldでも、愉しいClub Lifeを持ちたいのだが、Rugby Foot-ball Clubである以上強いチームを、そしてより良いゲームを目指さなければならない。今日はどうか知らないが、私が知っている、戦前の英国ハルクウィンクラブなど、クラブの中にA1,A2,B1,B2と云う風に、いくつものティームがあり、クラブのA1team、或いはchairman’s XVに選抜されることは、誇り高いものだった。エーコンクラブも、将来こんな風にやりたいものである。既に、三度経験した五年に一度の香港遠征は、それぞれ大いに成果をあげたが、私が一番感激したのは、何回目かのHong Kong Clubとの試合で、あの時、エーコンクラブのメンバーの見せたファイティングスピリットとクリーンゲームは、素晴らしいものであった。外国遠征の時だけでなく、毎年行われる秋の試合にも、あの時のような気分、あの時のようなファイティングスピリットで試合することができれば、前に書いた次元の高い、クラブとして好ましいラグビーをすることが出来るのにと何時も思うのである。エーコンA1ティームは、一年に一度でも二度でもよい、全クラブ員を動員して、応援し、観戦し甲斐のある様な、素晴らしいゲームをやって頂きたいものである。

 誰かに、どんなラグビーのティームを作りたいかと聞かれた時、私は何時も、一言で云うなら「真底から縁の下の力持ち的な精神を持つ、仲の良い15人のメンバーを作りたい」と答えている。

 最後に、戦後私の母校成蹊のグランドの片隅に立てた碑に、私が選んで刻んでもらった英国の詩人C,Scottの詩を記して筆を置くこととする。

        名誉ある勤めの為し遂げられた時に於いてすら

         我々は君達の名声を思はうとはしない

        又君達が戦ひに勝った事を思うものでもない

         だが君達が唯戦ったと云うこと

        それから君達のあの楽しげな

        高らかな笑いとを思う

         君達は賞美とか非難とか云うことが

        この上もなく嫌いである

        だから我々は唯君達の碑に刻む

                   “He Played the Game”
 
                                  C,Scott



エーコンクラブ部歌


 

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